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2009年2月

サマー・バレンタイン #11

「山本だろ。アタリ?」
田中くんが何でもないことのように言い当てたので、私は自分の口を覆っていた手を外して訊ねた。
「何で?何でそんなこと、田中くんが知ってるの?」
お互いに、恋愛話なんてしたことなかったはずだ。

「だって今日、教室で山本に彼女できたって騒いでたじゃん。
タイムリーすぎ」
いたずらっ子のような表情で、田中くんがそう答えた。
「そういえばそっか……うん、そうだよね。
確かにタイミングぴったり――…」

私はすんなり納得しそうになって、すぐに気がついた。
「もしかして私、ヤマをかけられたんじゃ……」
「違うって。そーゆー解釈もあるぞって話。
中川さ、いっつも山本のこと見てるし。
隠してるつもりかもしんないけど、俺の席からだと丸分かり」
そう言って、田中くんは軽く肩をすくめた。

一学期の中間試験が終わった頃、出席番号順だった席をくじびきで席替えした。
山本くんは窓側の前から三番目の席になり、私はその斜め後ろの席になった。
前を向くだけで、彼の横顔が視界に飛び込んでくるお気に入りの席だった。

確かに私の後ろに座っていた田中くんなら、私がいつもどこを見ていかなんてお見通しなのかもしれない……けど。
「そんなあからさまに見てたつもりはなかったんだけど……」
むしろ誰にも気付かれないよう、こそこそと盗み見ているつもりだったし、今までそれでバレたこともなかった。

私の気持ちを知っているのは、仲のいい女友達数人だけ……のはず、なのに。
動揺する私の姿を見て、田中くんは大げさにため息をついた。

「てゆーかさ、そこで、何で俺が中川の視線の先を気にしてるのか、ってことは考えたりしないんだ?」
「……え?」

私の反応に、田中くんは再び大きなため息をついた。

 

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サマー・バレンタイン #10

「その人に彼女ができたんだ。
だから……今まで渡すことも食べることも捨てることもできなかった3年分のチョコレートを全部食べて、自分の気持ちを消化しようと思ったの。
でもね、自分の部屋にいると色んなこと思い出して、ぐらぐら揺らいで全然実行できなかった。
それで……ちょっとした思いつきっていうか勢いで公園に行ったら、そこに田中くんがいたの」

「うん」
「自分の心の奥の奥に隠してた一番見られたくない部分を覗かれたみたいで、すごく恥ずかしかった。
めちゃくちゃ動揺して、気がついたら私、田中くんにチョコレート押し付けて逃げてた」

私はそこで一旦言葉を切り、隣にいる田中くんに視線を向けると、目が合った。
「ごめんなさい」
「――うん」

話し終えた私が黙ると、今度は田中くんが静かな川の流れへと視線を移した。
私の中でうじうじと滞っているこの気持ちも、この川の水と一緒にどこか遠くへ流れていけばいいのに。

そんなことをぼんやりと考えていると、突然、田中くんがむくっと上半身を起こし、再び私の方に向き直った。
何かを決心したような、今まで見た事のない真剣な表情をしている。

「どうしたの?」
私が訊ねると、田中くんは話しにくそうに口を開いた。
「こんなこと言ったらまた中川は怒るかも知れないけど……俺、中川の好きなやつ知ってるよ」

「――ええっ?!」
私の声の大きさに驚いた田中くんが、人差し指を唇に当てて「しーっ」と言った。
夜もかなり遅い時間であることを思い出した私は、慌てて両手で自分の口を覆うと、田中くんに話の続きを促した。

 

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サマー・バレンタイン #9

さらさらと流れる水の音と、風に揺られてカサカサと草が触れ合う音が耳に心地よく、体中に溜まっていた熱がするすると放出されていく。
田中くんは夏の星座が散りばめられた夜空を眺めたまま、何も言わずにただ寝転がっていた。

涼しい顔をしているように見えるけど、いつもと様子の違う私に戸惑っているのかもしれない。
田中くんを困らせるつもりなんてなかったのに。
私は覚悟を決めて、ゆっくりと口を開いた。

「私ね、中学の時からずっと好きな人がいたんだ。
でもね、今までまともに話せたこともないの。
そんなだから、告白どころか友達にもなれないまま、気がついたら3年経ってた。
紙袋の中身はね、一度も渡せなかった3年分のバレンタインチョコレート」

いつの間にか田中くんは私のほうを向いていて、黙って話を聞いていた。
彼の視線を感じるものの、目を見て話す勇気のない今の私は、不自然にならないように膝に顎を乗せ、水面に映る歪んだ満月を見ながら話を続けた。

 

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サマー・バレンタイン #8

もと来た反対側の道を走り抜け、堤防沿いの遊歩道に出たところで立ち止まった。
痛くなった脇腹を押さえて、乱れた呼吸を整える。
頬を伝う汗がアスファルトに落ちて、小さな染みをつくった。

流れ落ちる汗と一緒に、涙がこぼれそうになったので上を向いた。
大きな満月が視界いっぱいにひろがった。
私は一体何をしているんだろう――…。

突然、後ろから強い力で腕を掴まれ、驚きのあまり振り返ると、田中くんが肩を上下させて立っていた。
「何か俺、中川を怒らせるようなことしたみたいだから、謝ろうと思って……」
田中くんは右肩にギターケースを背負い、その手には私が投げつけた紙袋を抱えていた。
紙袋はすっかりくたびれていて、ところどころ土で汚れていた。

私は田中くんの言葉にふるふると首を振った。
「……いきなりひどいことしてごめん。
田中くんは全然悪くない、から……」
これ以上話すと、本格的に泣きだしてしまいそうだったので、ぎゅっと口を閉じた。

田中くんは、掴んでいた私の手をゆっくりと離した。
「……とりあえず座らね?
俺、ギターかついで走ったから、すっげー疲れた!」
そう言って田中くんは堤防の傾斜をずんずんと降りていき、芝生の上にギターケースと紙袋を横に置いて仰向けに寝転んだ。
少しためらったものの、私もあとについて堤防の傾斜を降り、田中くんの隣に膝を抱えて座った。

 

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サマー・バレンタイン #7

田中くんは私が何か言うのをじっと待っている。
私は焦って
「公園の近くになかったっけ。
私の……勘違い……かな?」
と、しどろもどろに答えた。

田中くんは「……フーン」と、明らかに納得してない様子だったけれど、それ以上のことは何も聞いてこなかった。
ほっと胸をなで下ろしたのも束の間、
「ところでさっきから気になってたんだけど、その大事そうに抱きかかえてるの何?」

私ははっとして、腕の中でくしゃくしゃになった紙袋を、そろそろと右手に持ち直した。
「こ、これは別に……」
私がもごもごと口ごもると、田中くんはひょいっと紙袋の中を覗き込んだ。

「プレゼント?」
田中くんのその何気ない言動に、全身がかっと熱くなった。
そして次の瞬間、私は目の前にいる田中くんめがけて、チョコレートの入った紙袋を投げつけていた。

「うぐっ……」
紙袋が田中くんの顔面に直撃し、袋からはじき出されたチョコレートが、私と田中くんの足元に散らばった。
「いてー…」
田中くんが鼻をさすりながら、リボンがかかった色とりどりの箱と私とを交互に見た。

「……中川?」
名前を呼ばれ、ようやく我に返った私は、「ごめんなさい!」とだけ言い残し、田中くんにくるりと背を向けると公園から一目散に逃げ出した。

「お、おい!どこ行くんだよ!
ちょっと待てって……中川っ!!」
背中越しに田中くんの声が聞こえたけれど、頭の中が混乱していてどうしていいのか分からなかった。

私は最初の目的もすっかり忘れ、彼の声が聞こえなくなるまで、ただひたすら走り続けた。

 

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サマー・バレンタイン #6

「おーい、もしかして中川?」
気づかれちゃった……。
私はほっとひとつため息をつき、とぼとぼとジャングルジムの前まで歩いて行くと、ギターを担いだ田中くんがジャングルジムから軽やかに降りてきた。

「……こんばんは。こんなところでライブでもしてたの?」
「違うって。ただの練習。
家だとかーちゃんにうるさいって怒られるから。外、気持ちいいし」
楽しそうに話す田中くんの好奇心旺盛な大きな目に、街灯の灯りが映し出されてきらきらと輝いた。

「中川こそ何してんの?
こんな時間に女の子が1人で歩いてたら危ないだろ」
子どもっぽくみられがちだけど、実はしっかり者でフェミニストな田中くんは、私に注意を促した。
「……うん。そうだね」
私は質問の答えになってない曖昧な言葉を返した。

それだけ動揺していたのだ。
そもそも、こんな場所でクラスの男子に遭遇するなんて想像していなかったから、当然、ここに来た理由なんて考えてもいなかった。
正直に話すことなんてできない。

「えっと、あの。コ、コンビニ行こうかな……って」
「へぇ。中川んちってこの辺なんだ。
うちは公園のすぐ裏。近いな。
でもさ、この辺にコンビ二なんてあったっけ?」

私は答えに詰まって黙り込んだ。
というのもこの一帯は住宅街で、駅前に抜けるまでコンビニはおろか、自販機でさえ見当たらないからだ。

 

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サマー・バレンタイン #5

児童公園のほうから、アコースティックギターの音色がかすかに聞こえてくる。
一歩一歩公園に近づくにつれ、その音色は少しずつ大きくなっていく。
児童公園の入り口に到着すると、私は足を止めた。

街灯と満月の仄かな明かりを頼りに、小さな公園の中をぐるりと見まわしてみたけど、人気はない。
音楽は聞こえるのに、肝心の演奏者の姿が見当たらない。
今度は注意深くよく見てみると、月明かりに照らされたジャングルジムのてっぺんで、気持ちよさそうにギターをかき鳴らす少年の姿を見つけた。
私は彼の奏でる音色に引きよせられるように、ふらふらとジャングルジムの方へと歩いて行った。

ギターの音色に合わせて少年が歌いだしたその瞬間、夢から醒めるように、私の足はぴたりと止まった。
ものすごいスピードで、嫌な予感が私の脳裏を駆け巡った。
この声には聞き覚えがあったからだ。

私はジャングルジムを見上げ、月光で逆光になっている少年の姿を凝視した。
――嫌な予感的中。

歌声の主は、同じクラスの田中くんだった。

田中くんとは一学期に文化祭の実行委員を一緒にした。
うちの学校の文化祭は毎年五月に行なわれる。
ようやく高校生活に慣れ始めたばかりの時期ということもあって、勝手が分からずあたふたしていた私やクラスメイトたちを、しっかりとサポートしてくれたのが田中くんだった。

田中くんはとても気さくで話しやすく、その親しみやすい性格と、先輩や他のクラスの子たちとバンドを組んでいることから、驚くほど顔が広い。
背は高くないけどかわいい顔だちをしていて、結構人気がある。

だけど仲が良いからといって、こんなタイミングで会いたい相手じゃない。
私は演奏に夢中な田中くんに気づかれる前に、さっさとこの場から立ち去ろうと決めた。

そーっとジャングルジムに背を向けた直後、ぴたりと演奏が止んだ。
背中に冷たいものが流れた。

 

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