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2010年3月

○ 4-2 プール(2)

渋谷の姿が見当たらなかったので、建物の周りをぐるりと一周してみたけれど、やっぱり渋谷はいなかった。
どうしようかと迷っていると、ふと視線の先に建物の入り口が目に入った。

近づいてガラスの扉越しに中を覗いてみたけど、真っ暗で何も見えない。
試しにそっと扉を押してみると、予想に反して扉が簡単に動いた。
誰かが鍵を掛け忘れたのだろうか、それとも――……?

私は意を決して、建物の中にそろそろと足を踏み入れた。
全身がすうっと冷たい空気に包み込まれる。
建物の中は薄暗く、非常灯だけが人工的な明かりをチカチカと光らせている。

周囲はしんと静まり返っていて、いつ幽霊が出てきてもおかしくないような雰囲気があり、西校舎といい勝負だ。
やっぱり怖い。
一旦外に出て、渋谷のケータイに電話しよう。
そう思って回れ右したそのとき、こつんとローファーに何かが当たった。
恐る恐る足元を見ると、それは見たことのある大きなサイズのスニーカーだった。

渋谷はこの中のどこかにいて、私のことを待っている。
確信すると、私は何とか勇気を振り絞って靴を脱ぎ、リノリウムの床の上にあがった。
靴下越しに冷たい床の温度が伝わってくる。

正面にある壁の右側に「女子更衣室」、左側に「男子更衣室」と横書きのプラスチックのプレートが貼り付けてある。
びくびくしながら両方の更衣室のドアをノックしてみたけど、反応はない。
渋谷はどこにいるのだろう。

更衣室の手前右側に二階へと続く階段を見つけ、上ってみることにした。
薄暗い階段を手摺につかまって、一段一段、ゆっくりと上る。
何とか階段途中の踊り場まで上りきり、さらに続く階段を見上げると、正面に大きな扉が見えた。

そこでもぞもぞと動く影を発見し、私はあまりの驚きに声も出せず、その場で動けなくなってしまった。

 

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○ 4-1 プール(1)

教室に向かう途中、階段を上っていると背後から声を掛けられ、振り返ると渋谷が立っていた。

「おはよう渋谷。今日はちゃんと来たんだ」
「おー。さすがに昨日の今日で遅刻したら、目ぇつけられてサボれなくなるじゃん」
「今さら?もう十分チェックされてると思うよ」 

私がそう言って笑うと、渋谷は「だよなあ……」とつぶやきながら大股で階段を上り、私のいる段に追いついた。

うちの教室は三階にあって、他のクラスの教室を三つ通り過ぎた奥の突き当たりにある。
遅刻ギリギリの朝はこの長い廊下にうんざりするけど、今日みたいに余裕があって、誰かと話しながら歩いていると短く感じるから不思議だ。

あっという間に到着した教室の前で、渋谷がぴたりと立ち止まったので、つられて私も立ち止まった。

「なあ、今日って放課後ヒマ?」
「別に何もないけど……放課後何かあるの?」
「うん。じゃあ、放課後プールに来て」
「え……プール?」
私は渋い顔をして聞き直した。

「そう、プール」
渋谷は悪巧みをする子どものようにニッと笑うと、教室の扉に手をかけた。

 

放課後、私は気が進まないまま、渋谷との待ち合わせ場所の前までやってきた。

プールのある建物は、西校舎の隣にのっそりと建っている。
一階に体育倉庫と更衣室があり、二階がプールという造りになっている。

プールの周囲は高いこげ茶色の壁で覆われているため、外から中の様子を伺うことはできない。
外観は要塞のようで、その威圧的な雰囲気が西校舎同様、近寄りがたい印象を与える。

うちの学校には水泳部がない上に利用手続きが面倒なため、他の運動部もめったにプールを利用しない。
いっそ使用頻度の少ないプールなんて取り壊して、グラウンドを少しでも広くした方が土地を有効活用できていいのに。

運動部は大歓迎だろうし、私だって水泳の授業がなくなっていいことずくめだ。

 

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○ 3-4 身勝手な大人たち(4)

「行きません」
私が即答すると、田所さんは驚いた表情で私を見た。
私の口からいい返事が返ってくることを、疑っていなかったようだ。

「どうして?
若い頃に海外で生活してみるのも悪くないと思うよ。
きっといい経験になる。
それに家族が一緒だから寂しくないだろう?」

無邪気に『家族』という言葉を口にする田所さんに、嫌悪を抱く。

『家族』というものに、田所さんが強い憧れを抱いてしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
だからといって、田所さんの思い描く家族像の娘役を私に押し付けられても困る。

私はそれに応えることができないから。
私は田所さんのことを、家族だと思えないから。
これまでも、これからも、きっとずっと。

「ごめんなさい」
私はゆっくりと席を立ち、田所さんに深々と頭を下げると早足に店を出た。

ぐらぐらと揺らぎながらも、何とか均衡を保っていたうちの家族は、田所さんの出現によりあっけなく崩壊した。

田所さんだけが悪いわけじゃない。
彼が現れなくても、遠くない未来に壊れていたのかもしれない。

だけど――…

頭では理解しているつもりなのに、私の心は彼を受け入れることを頑なに拒む。
田所さんが私に触れようとすると、ハリネズミのように全身がささくれ立って、全力で彼を撥ねつけるのだ。

 

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○ 3-3 身勝手な大人たち(3)

母より七つも年下で、現在三十三歳の田所さんは、母との結婚が初婚だ。

 

田所さんは幼い頃、交通事故で両親を亡くし、母方の祖父母の元に引き取られた。
両親がいない寂しさは消えないけれど、祖父母からたくさんの愛情を受け、大切に大切に育てられた。
祖父母との生活は、幸せで穏やかなものだった。

しかしその祖父母も、田所さんが三十歳になる前に次々と急逝し、彼は天涯孤独の身となった。

そんな田所さんの事情をよく知る学生時代の先輩が、塞ぎがちだった田所さんを心配し、飲み行こうと誘った。
仕事を終えた田所さんが指定された店に行くと、そこには先輩と見知らぬ女性がいた。
これが田所さんと母の出会いだ。

先輩と母は会社の同僚で、その日は一緒に外回りをしていた。
出先の仕事を終えて帰る道すがら、先輩が母を誘ったのだ。
その晩、すっかり意気投合した田所さんと母は、帰りに携帯番号を交換し合った。

こうして出会ってしまった二人の関係が、恋愛へと発展するのに時間はかからなかった。
熱に浮かされたように自分たちの恋愛に夢中だった二人は、その間、父や私の存在など完全に頭から忘れ去っていた。

出会ってから半年後、田所さんは母にプロポーズし、母もそれを受け入れた。

 

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○ 3-2 身勝手な大人たち(2)

「実は俺、希望が叶ってニューヨークに転勤になったんだ。
もちろん響子さんも連れて行く」
田所さんは外資系の証券会社に勤めていて、海外転勤は珍しいことではないのだそうだ。

「……おめでとうございます」
それだけ言うと、私は自分のカップに口をつけた。
温くなった液体のほろ苦い余韻が、口の中を満たす。

私のことをじっと見ていた田所さんが口を開いた。
「いつ?とか聞かないの?」
「『いつ?』ですか」

「来月の下旬あたり。
響子さんは自分の仕事の引き継ぎとか、他にも色々と準備があるから渡米はもう少し後になるけど。
とりあえず僕が先に一人で行くことになってるんだ」
「急……なんですね。忙しい時にわざわざすみません」

卑屈な言葉。
幼い子どもが拗ねているようで恥ずかしくなった。

田所さんはそんな私の言葉の棘に気づいた様子もない。
単に気づいてないフリをしているだけなのかもしれないけど。

「一緒に行かない?」
「……え?」
「俺と響子さんと向こうで一緒に暮らそう」

田所さんは満面の笑みを浮かべ、さらりとそんなことを言った。

私は他の全ての感情を覆い隠してしまう、彼のこの完璧な笑顔が苦手だ。

 

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○ 3-1 身勝手な大人たち(1)

約束の時間までは少し余裕があった。
私は駅ビルの中の大きな書店に入ると、広々としたフロアをゆっくりと一周した。
文庫本を一冊買い、待ち合わせ場所のコーヒースタンドに向かった。

空席が目立つ店内の一番奥の席に陣取ると、カフェラテを片手に、買ったばかりの文庫本を開く。
五ページ目を読み終えたところで、目の前に影が降りてきた。

「こちらから呼び出しておいて、遅れてごめんね」
本から顔を上げると、テーブルの向こう側で、申し訳なさそうな表情の田所さんがで立っていた。

「そんなに待ってないです」
「そう?ならいいんだけど」
田所さんは苦笑しながらテーブルにトレイを置き、私の向かい側の席に座った。

この店内のコンパクトなテーブルと椅子は、背の高い田所さんには窮屈そうだ。
私は本を閉じて鞄の中にしまった。

田所さんは眉間に皺を寄せ、カップの中の液体を勢いよく喉の奥へと流し込むと、空になったカップをテーブルの上に置いた。

「あの、話したいことって何ですか?」
「え、いきなりその話するの?」
田所さんが眉間に皺を寄せたまま苦笑した。

「このあと響子さんと合流して、三人で食事しながら話さない?」
田所さんはすごく楽しいことでも提案するかのように言う。

「いえ。ここで話してもらえないなら帰ります」
私が立ち上がろうとすると、田所さんが慌てて手で制した。

「理子ちゃん、ちょっと待って。話すよ、話すから座って」
田所さんの言葉に、私は大人しく座りなおした。

「やれやれ。理子ちゃんはいつになったら僕と仲良くしてくれるんだろう」
田所さんは私の顔を覗き込んで、わざとらしく肩をすくめる。
私は曖昧に笑って、田所さんから視線を逸らした。

 

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○ 2-4 対峙

先生は、目の前にいる私と渋谷の顔を交互に見ると、おもむろに口を開いた。
「……では、単刀直入に聞きます。あなたたちは授業を受けずに教室で何をしていたの?」

先生の感情の乏しい表情からは、怒っているのかそうでないのかを判別することができない。
どう説明すれば先生が納得し、この窮状を丸く収めることができるか思案していると、渋谷が先に口を開いた。

「俺は寝坊で遅刻したんですけど」
「そうね、朝のHRにはいなかったわね」
先生はやはり無表情のまま頷いた。

「教室に入ったら、坂井が一人でいました。何やってんの、って聞いたら、体調悪くて体育の授業休んでるって。
俺は体育の授業を途中から出るのがダルかったんで、二人でしゃべってました。
それだけです」

先生が私をちらりと見たので、慌てて頷く。
先生はその視線を出席簿に落とすと、細くて神経質そうな指でページを捲り、軽く息を吐いた。

「今回だけは渋谷君の言うことを信じます。
でも渋谷君、この遅刻・サボリ癖を直してもらわないと、私もフォローしきれないの」
「スミマセン。気をつけます」

渋谷は素直に謝罪の言葉を口にしたけれど、態度は飄々としていて、とても反省しているようには見えなかった。
先生も同じように感じたらしく、今度は深々とため息をつくと、矛先を私に向けた。

「坂井さん、六月後半から体育の授業がほとんど欠席になっているけど、どうして?」
「えっと、あの。ずっと体調が悪くて……」

機転の利かない私は、これだけ言うのが精一杯だった。
下手に言い訳すると後々ボロが出そうだし、上塗りする嘘は少ない方がいい。
『体調が悪い』というのがそもそも嘘なんだけど、それは棚上げしておくとして。

私が水泳の授業をサボる本当の理由を話したところで、認めてもらえないのは分かっている。
だから話すつもりなんてさらさらなかった。

私が黙り込んでしまうと、先生はそれ以上の詮索は諦めたようで、そっと出席簿を閉じた。
ちょうどそのとき、午後の授業の開始を告げる予鈴が鳴った。

「今後、このようなことがないように」
先生が椅子をくるりと机に向けたのを合図に、私たちは一礼して英語科準備室を後にした。

 

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○ 2-3 鈴田先生

英語科準備室の窓には全てカーテンが引かれていて、電気が点いているにも関わらず、室内は曇った日のように薄暗い。

机に向かっていた鈴田先生がクラスの出席簿を手に取り、座ったまま椅子ごと私たちの方を向いた。

鈴田先生は英語を担当している三年目の女教師だ。
ほぼノーメイクの薄化粧に、カラーリングなしの黒々とした髪はストレートのセミロング。
服装はリクルートっぽいかっちりとしたスーツが定番で、今日はグレーのスーツに、ぱりっと糊のきいた白と水色の細いストライプのシャツ。
もちろんボタンは一番上まできっちりと留めている。
メイクやお洒落に、あまり興味がないのかもしれない。

冷静沈着で生真面目な先生は、感情を一切表に出さない鉄面皮の女として有名だ。
彼女の笑顔や取り乱した姿を誰も見たことがなく、アンドロイドと呼ぶ生徒もいる。
先生には周囲に人を寄せ付けないオーラがあり、取っ付きにくい印象しか与えない。

 

私は室内をくるりと見回した後、先生の机の上に視線を移した。
使い古されたスチール製の机の上には、ペン立てとノートPCが置かれていて、あとはブックエンドに挟んだ辞書や英語の教材が置いてあるだけだった。
全体的にすっきりと整理されている。
この無機質な感じが鈴田先生のイメージそのままで、思わず苦笑してしまう。

 

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○ 2-2 西校舎英語科準備室

英語科準備室は西校舎四階のちょうど真ん中にある。

腐った床板が抜けて、ところどころで穴が開いていたり。
水道管が錆びているため、蛇口をひねると鉄の混じった赤い水が出たり。

老朽化の進んだこの木造校舎は、来年の春に取り壊しが決まっている。
今ではほとんどの教室が空き教室か、準備室という名の粗大ゴミ置き場と化している。

リアルに不気味なこの校舎には、色々な噂や怪談話が数え切れないほどある。
私はその手の話が大の苦手だ。
絶対に見つからないよと言われても、西校舎で水泳の授業をサボろうとは思わないし、極力立ち入りたくない。

こんなホラーな校舎に出入りする人間は、鈴田先生と用務員のおじさん、そして肝試しと称して悪ふざけする生徒くらいのものだ。

そんな少数派の中でも、ダントツに利用頻度が高いのが鈴田先生だ。
彼女はどんなに怖くてリアルな噂話を耳にしても、それらをあっさりと一蹴し、静かで仕事が捗るからと、授業以外のほとんどの時間を英語科準備室で過ごしている。

案の定というか何というか、私と渋谷は、職員室ではなく英語化準備室に来るよう鈴田先生に言われた。

 

急いでお弁当を食べ終え、私と渋谷は揃って英語科準備室の前までやってきた。
渋谷が私を見て「行くぞ」と言ったので、私は小さく頷く。

渋谷が少し緊張した面持ちで目の前のドアをノックすると、中から「どうぞ」と鈴田先生の落ち着いた声が聞こえてきた。
渋谷は真鍮でできたノブを回して立て付けの悪いドアを開け、中に足を踏み入れた。
私も後に続いて中に入った。

 

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○ 2-1 事件

夏休みを目前に控えた登校日のことだった。

どこからか侵入した不審者が、奇声を上げて突然校庭で暴れ出し、教職員に取り押さえられるという事件が発生した。
幸い被害者も出ず、不審者は警察に引き渡され、トラブルは速やかに収束した――。

その日から用務員のおじさんと空きゴマの教師たちが、校内の見回りを強化しているなんて、私には寝耳に水の出来事だった。
そんな事件のことなんて、私は夏休みの間にすっかり忘れてしまっていたからだ。

不運にも見つかってしまった私たちは、その場でさんざん用務員さんからお説教をされた。
その上、昼休みに担任の鈴田先生から呼び出しをくらってしまったのだった。
もうサイアク

だけど一番の問題は、危険すぎて次から水泳の授業を教室でサボれないということだ。
他に見つからない場所なんて知らないし、思いつかない。

どうしよう――…。

 

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○ 1-3 見つかってしまった

二年生になって初めて同じクラスになった私と渋谷は、出席番号が同じで隣の席になったことをきっかけに仲良くなった。

そこまでは、まあ、よくある話。
だけど私たちの不思議な縁は、そこで終わらなかった。

くじ引きで行なわれた二学期の席替えで、私と渋谷はまた、お互い隣の席を引き当ててしまったのだ。

さすがに驚いたけど、もし、くじを引き直して合わない人と隣になってしまったら……と想像すると、渋谷の方が気楽でいい。
しかも、窓際の一番後ろという特等席。
渋谷も同じことを考えていたようで、私たちはお互いくじを引き直さなかった。

そんな経緯があって、私と渋谷は一学期に引き続き、二学期の今も隣の席に座っている。

「で、サボって何やってたの?」
渋谷はパタパタとシャツを浮かせ、火照った体に涼しい風を送り込んでいる。

「音楽聴きながら、うとうとしてた」
「平和だな」

「……うん、まあそうかも。渋谷は寝坊?」
「何でわかった?」

「寝癖ついたままだよ」
「え、どこ?」
私は手を伸ばして、渋谷の後頭部で不自然にぴんと跳ねる髪の束に触れた。

「ここ」
「サンキュ」
渋谷は寝癖で跳ね返る箇所を乱暴になでつけた。

だけど頑固な寝癖は反抗的で、何度なでつけても癖のついた髪は跳ね返る。
渋谷は「もういい」とつぶやくと、あっさり寝癖を直すのをやめてしまった。

こんな風に、他愛のない話をしながら、私たちは残りの授業時間を過ごした。

黒板の上に掛かった時計を見ると、あと五分で授業が終わろうとしていた。
今日もこの時間をやり過ごせたことに安堵しかけていたそのとき、再び教壇に近い方の扉が開いた。

今度は渋谷と二人で扉の方を見ると、上下紺色の作業服を着た用務員のおじさんが、怖い顔で私たちのことを睨んでいる。

「君ら、今は授業中だぞ。ここで何をしているんだ」

 

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○ 1-2 いい場所あるよ。今度教えようか?

扉の前に突っ立った渋谷が、こちらを見つめていた。
全身からするすると力が抜け、ほっと息を吐く。

「おはよ、坂井。電気も点けないで何してんの?」
渋谷は休み時間と同じような気安さで、私に話しかけてきた。

「おはよう。見てのとおりサボってるとこ。
見つかったらヤバイし、電気消してもらっていい?」
あぁ、と渋谷は納得した様子で点けたばかりの電気を消した。

「こんなところでサボってんの?結構大胆なんだな」
「そう?
確かにさっき、渋谷が入ってきたときはどうしようって焦ったけど、他にサボるのにいい場所知らないから。
それに、教室だとエアコンが効いてて涼しいよ」

「そうだけどさ。――いい場所あるよ。今度教えようか?」
「えっ、ほんとに?」
私の前のめり気味の食いつき方が面白かったらしく、渋谷は肩を揺らして笑った。

「そんなに知りたいならマジで教えてやるよ。ところで今って何時間目?」
「二時間目。体育だよ」

「そっか。サボれてラッキー…」
そう言って、渋谷は机の上に鞄を投げ出して座り、手に持っていたペットボトルに口をつけ、喉を鳴らして飲み干した。

 

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○ 1-1 正しい授業のサボリ方

もう九月だというのにじりじりと照りつける日差しは憎らしいほど強烈で、体育の授業は水泳だった。

私はいつものように生理と嘘をついてサボった。
体育の授業が水泳の日は、生理になることにしている。

普段は真面目な私だけど、水泳の授業には出たことがないし、卒業まで出るつもりもない。

授業開始を知らせるチャイムが鳴り、教室で着替えていた男子が一斉に体育館へと消えて行った。
男子の授業はバスケらしい。

誰もいなくなった教室に入ると、点けっぱなしだった教室の照明を全て消した。
教室というのは不便な造りになっていて、外側からしか鍵をかけることができない。
だからこうして見回りの先生や用務員のおじさんたちに気づかれないよう、電気を消す。

隣の教室からは生徒たちのざわめきが消え、授業を開始した先生の声だけがかすかに聞こえてくる。
私はいつものようにイアホンをつけ、机に伏した。

ぼんやりと聴いていた音楽が二曲終わった頃、突然、教壇に近い方の扉が開く音がした。
頭にかかっていたもやが、一気に晴れる。

見つかってしまったのだろうか。
気をつけていたつもりだが、実際見つかったことがなかったので、どこか油断していたのかもしれない。

どうしよう。
心臓がバクバクとうるさい。

どうすることもできず、寝たフリを決め込んで相手の出方を待っていると、パチンパチンと音がして、パッと教室が明るくなった。

もう観念するしかないなと思った。
私はゆっくりと顔を上げ、恐る恐る扉の方に視線を向けた。

 

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